ひゅうまん京都 寄稿文2015年7月

岡田健司


  私たちの事業体における介助サービス心得のお話はこの回はお休みですが、ちょっと違うことも書いてみようと思います。

  昨年、私ごとではありますが結婚をいたしました。そしていよいよ誰かのためにも生きなければならない思いを強めまして、長らく持病であったC型肝炎(肝硬変手前の状態だった)を完治すべくインターフェロンとリバビリン併用療法を行ったのです。小学生のときに患っていたので、一度はインターフェロン治療は行っていましたけれども薬を三剤も用いた治療はそもそも初めてです。過去に受けたインターフェロン療法で効果が見られない場合、その後同じインターフェロン療法は意味がないとまで言われていて改めて治療をするのは難しいらしく、私の場合、1度目の治療が完治しなかったので高校生ぐらいのときに再治療のお願いをしてみました。しかし、京都府立病院の権威と呼ばれる医者が「意味ないかも」と診断した結果、白い巨塔の住人だったみなさんはその診断を覆すことはできないかぎり手をつけない掟ですから(おそらく)、治療が受けられずにいたのです。

  今回の場合もしかりで障害もあるしC型肝炎の治療歴もあるし手出しできないと踏んで受診さえ拒否されかねない状態でした。そのときの不調、空腹時に胃がキリキリ痛み出す(胃潰瘍に罹っていたのは後で判明)ので来院したのですが、C型肝炎からくるものと誤診し触診や検査もせず帰宅処理してしまいました。帰宅して間もなく夕飯時に同じような痛みが襲ってきたので(耐えられない!)、これは強硬手段で体を見せなければいけないと決断し救急車をよび病院へ搬送。案の定体内部と対話をすればそこは専門家ちゃんと答えてくれます。お腹の痛みは胃潰瘍だったこと、C型肝炎の治療は毎年新薬が生まれていていまではDNA検査で治療が効くか効かないかを判断できるようになっていること、だからDNAを見て治療するかしないかを決めていこう。そう変わったのです。ちゃんとした医者になりました。

  やっぱりというかなんというか、DNA検査の結果インターフェロンとリバビリン併用療法が効きやすいと分かりC型肝炎の治療がすべて終わった後、セーブしていた仕事に戻り以前にも増して精力的に動いています。それはこの間に生じた思いがすべてだと思います。つまりそれは死生観とその生かし方についてでした。

  みなさんの目の前に自分という存在が一つあるとします。存在そのものに価値があります。しかしみなさんは自分の価値に気づいていなければいけません。その自分の価値を生かすためにそのときその場でどのように生きるのかを考えるのがこれまでの人生。それは一人でもできたりします。しかし、いま私がやらなきゃいけないのは白い巨塔の住人であっても専門家ですから、その専門家が生きるために私を生かす方法を考えること、なんだと思います。

  今回の病院での件は、救急車での搬送という一人強行手段でしたが、まあこれも私自身の生かし方として、何をおいても体が守れたということにおいては良かったと言えましょう。ある立場にいるものは決断することはとても大変な作業です。前例を覆すために必要なもの、それは一体なんなんだろうか? ということを考え続ける作業が私の人生そのもののような気がします。プロ同士が争いなく、自分のためでもなく、生きることが必要なすべての人のために自分を生かすために相手の立場に立って考えなければいけません。