同志社大学 講義 ソーシャルワーク基礎実習Ⅰ2022年3月11日  同志社大学

「自立とはなにか? - 障害のある人の地域生活実践 - 」

岡田健司


(※当日、報告発表した内容に本人が加筆修正を加えたものです。)

 教室にいるみなさん、こんにちは。
 この画面の向こうに留学生がいらっしゃるとお聞きしています。新型コロナウイルスの感染拡大で、在留資格を取ったのに来日できていない留学生が2020年1月以降で15万人にいるそうです。日本政府による入国制限は緩和されてきてはいますね。それでも留学生の優先枠は1日1000人程度です。先行きの見通しが立たないことで心が痛むこともあったのではないでしょうか。今日はこうしてみなさんと画面越しではありますがお会いできたことを心から喜び合いたいと思います。
 私に与えられた時間は、障害のある人(以下、障害者)の地域生活を通して自立とは何かを考えるというのが主な目的です。障害者の地域生活といっても、私自身であったり、あるいは私の知人(たち)であったり、つまりすべての障害者の地域生活に基づくものとはならないが、こうした人たちの実践に客観的法則があることが少しでも伝わればと思います。
 私の地域生活を年代で区分すると、2004年から2006年は、地域生活を開始すると同時に障害当事者組織のメンバーとして活動を始めることになります。摘要(レジュメ)でいえば第一課、第二課にあたる部分です。2007年から2008年には、障害当事者組織での一定の活動を終えて、地域生活実践のフィールドワークを行います。このフィールドワークは、これまでの活動で繋がった障害当事者たちによる機会の提供があったので実現できました。2008年から現在までは、2004年から2006年の活動経験とフィールドワークで得た知見を総括して当事者組織を創立し、「障害者が地域で暮らし、主体性が尊重され、他者による抑圧をうけず、その人らしく生きるための消費者主導の政策を実践開発する当事者センター」として活動をしています。摘要(レジュメ)でいえば第三課、第四課にあたる部分です。
 資料にある文書等の報告発表時期がだいぶ空いたものもあります。時々で何を考えて行動し、地域生活の実践をいかに具体化するか/してきたかを加えて、一つひとつのことを再考してみるという作業の形跡ですから、その違いも踏まえて読み進めてもらえればと思います。
 第一課では、私自身の自立は「私自身の境遇」と「知人(たち)の境遇」という二つの契機によって成り立ってきたことを伝ておきたいと思います(※1)。同じこともあれば全く異なることもあるわけですが、自立を考える上でこの同異をめぐる条件の捉え方をいかにみるかっていう問題ですから、そういったことを押さえながら読み進めていってもらいたいと思います(※2)。この点はまた後で詳しく述べます。
 第二課ですが、当時の状況を振り返っておくと、私が地域生活を始める前年に障害者の介護制度「支援費制度」が施行されています。この時期の障害者団体による一連の要求闘争は、支援費制度が施行される直前のホームヘルプ上限問題に端を発していました。その後新たな枠組み「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」の検討が始まり、その枠組みに基づいて「障害者自立支援法」が施行された点を踏まえておきたいと思います。この流れは、障害者の生活を顧みず政策上の都合をごり押しすることだけに集中したように思います。私自身がこの要求闘争に参加して政府や法律あるいは政治に求めたのは「社会保障は実質的平等を確保せよ」だったのですが、私は法律を学んだことのある未成熟な地域生活者であったので、一方では、政治や法律との衝突で一定のバリケードの役割は果たしたけれども、社会を変えるまでには至らないことに苛立ちを覚え、一方では、障害者が結合し組織されて政府を動かす大きな力になりうることを肌で感じました(※3)(※4)(※5)(※6)(※7)。
 第三課では、ものごとの背景を掴むために人権の歴史を振り返っておきたいと思います。
 近世・近代における人びとは、大づかみにいって、1689年イギリス権利章典、1776年アメリカ独立宣言、1789年フランス人権宣言等にみられる自由権、1792年フランス革命期での男子普通選挙、1879年フランスのパリコミューンで初の女性選挙、1919年ドイツ共和制での完全普通選挙にみられる参政権、同じく1919年のワイマール憲法(ドイツ)、1946年のフランス憲法(第四共和政)、1947年のイタリア共和国憲法にみられる社会権を獲得してきました。これはその時代における経済思想、政治思想の潮流と無関係ではありません。18世紀のアダム・スミスの自由主義経済、19世紀のマルクス経済学、20世紀のケインズ経済学、1970年以降のフリードマンら新自由主義経済は人権保障の発展を考える重要な側面です。障害者が置かれてきた境遇や、障害者による地域生活実践を形成する客観的法則でもあるのです。
 私たちの団体の一員として地域生活を始めるとき「自己選択」「自己決定」「サポート」によって自立することが必要であると説明します。これは自立の意味内容を人権であると捉えるからです。自立の意味内容にサポートではなく自己責任を挙げる例も見受けられますが、権利行使には当然伴うものであって、押しつけ自己責任への戦略的反逆も不必要であり、自立の意味内容は権利として保障されるべきである、としている点に注目してもらいたいと思います(※8)(※9)。私たちは、自己選択、自己決定、サポートの意味内容の提示をしたり実践したりすることができれば、誰でも自立できると考えています。つけ加えれば、私たちはサポートを、自己選択、自己決定の尊重もしくは(選択と決定に資する)選択肢の提供であると捉えたことにも意義があったと感じています(※10)。
 ここで「障害」の捉え方について述べておきます。
 1980年前後、一方では、医療・リハビリテーションの対象であり克服するものであると説いた医学モデルがあり、他方では、環境・社会・まわりの人たちの態度であり、社会における差別、合理的配慮の欠如によって起こる社会的不平等であると説いた社会モデルがありました。これらは対岸の極にあるという見方に陥らず、障害者とそれをとりまく環境の相互作用を重視して、生活環境、人的環境、社会偏見、法制度、社会サービス等々がその相互作用に影響を与えるものであると解するがよろしいのではないかと思います。簡単にいうと、障害者と環境と結びつきを良くしたり悪くしたりする要素によって障害を見出すということですから、障害の全体像を正しく捉えるための科学的な見方になりました。
 障害者とアシスタント(ヘルパー、介助者、介護者などともいう)との関係について触れておきます。私たちの団体の一員ですから自己選択、自己決定、サポートによって自立することが要求されると同時に尊重される関係にあります。この関係性においては、とくに障害の全体像を個々バラバラなもの、固定して変化しないものと見るのではなく、変化と運動のなかで掴むことが課題となってきます(※11)。
 障害者の生活保障にとって扇のかなめは、障害者自立支援法(障害者総合支援法)に基づいた制度で、常時介護を必要としている障害者を対象に、アシスタントが日常生活行為全般、外出時の移動、見守りなどを総合的に行う重度訪問介護にあります。現状では重度訪問介護の利用は1万1千人。全国約1700市町村のうち、いまだに9割近くで1日24時間の制度実績がありません。
 障害者の生活保障は権利保障(行使)のための土台です。社会の土台は人間の経済生活にあります。この国には全ての人間が豊かに暮らせる物質的基盤はあるのではないでしょうか。コロナ禍で明らかになったように人間の豊かな暮らしを阻害してきた手かせ足かせもいたるところにみられます。これは資本主義の矛盾といわれるものですが、この問題は、障害者の地域生活実践においても同様に矛盾を呼び起こします。そのことについて批判的検討を加えなければいけないというのが、私自身の問題意識です。
 第四課では、私自身の問題意識の探求の現在位置を記したものであると捉えてもらいたいと思います。
 2003年に支援費制度が施行されもう20年が経とうとしています。この制度のもとで参入してきた派遣事業者が提供するサービスはもはや伝統的といってもよいぐらい、地域生活支援サービスのうちにあります。法制度上も、派遣事業者はヒエラルキーにより組織され、事業主や管理者が指揮系統の頂点に立ち、利用者・アシスタントは最下層に位置することになります。この伝統的な地域生活支援サービスの生みの親でもあった自立生活センターは、自発的意思によって結ばれた障害当事者による相互支援、地域生活実践を共有し合う公的空間、共有財産、生活保障や権利保障の不十分さからくる障害当事者の切実な要求をつかみ、要求実現のための具体的な行動を起こすという民主主義の実践、こういった存在意義と機能を備えています(※12)(※13)。社会変革にとってこの伝統的な必然の機能は、私たちの組織では自力をつけて活動に生かす取り組みをしてきましたが、この取り組みは途上にあります(※14)(※15)。
 障害者の要求闘争で発展、進歩してきた一定の生活保障と権利保障(行使)は、この国の全ての人間が豊かに暮らせる物質的基盤と人間の豊かな暮らしを阻害してきた手かせ足かせとの衝突の前にして、一定の制約をともなうことは掴んでおかなければなりません(※16)。
 コロナ禍で浮き彫りとなった、貧困と格差、ジェンダー不平等は、障害者を直撃する大問題です。日本においては、新自由主義経済のもと労働法制の改悪、社会保障の削減、消費税増税によって引き起こされています。医療提供の体制が逼迫するとトリアージに危機感を持った障害者たちが声をあげ、公衆衛生の体制が逼迫するとアシスタントの感染が心配になりサービス利用を止めた人がいます。一方で、感染しているかどうか不安のまま利用し続けている人もいます。医療用物品は需要が少ないと勝手な判断をしたり、在庫を持たないという企業側の理屈で社会的責任が果たされず供給に滞りがみられます。ケア労働の現場には女性がいつも最前線に立たされていますが、賃金は全産業平均で8万円も低いのが実態です。非正規雇用の多くが女性で低賃金のままにされてきました。シフト制労働で仕事がないと言われればたちまち経済的に困窮する生活実態であることが明るみになっています。
 この現代の病理を解決する道筋を考えたいと思っています。
 障害者の切実な要求をつかみ、要求実現のための具体的な行動で一定のバリケードの役割は果たすと同時に、国家、法律、政治を動かして社会を変える大きな力の一員として、障害者がふたたび結合し組織されることを展望して締めくくりたいと思います。
 どうもありがとうございました。

【補論】
 障害者の要求闘争で発展、進歩してきた一定の生活保障と権利保障(行使)は、この国の全ての人間が豊かに暮らせる物質的基盤と人間の豊かな暮らしを阻害してきた手かせ足かせとの衝突の前にして、一定の制約をともなうことは掴んでおかなければなりません。
 
現時点で思いつくことは、資本主義社会での、市場経済の根本原則が価値法則に基づいているということである。労働の価値は、そこに含まれている社会的実体である労働の量の大きさによって決まる。労働の量は労働時間によってはかられる。生産労働であれ、再生産労働であれ、労働が価値を持つのは社会的で必要な分業の一翼を担っているからである。障害者の介護制度「重度訪問介護」でケア労働者が8時間働く。これと同じように、とある労働で労働者は8時間働く。その労働時間でできるものは種類がなんであろうが同じ価値を持つのである。このことと、労働に対して支払われる賃金とは別物であることに注意しなければならない。市場経済は賃金について評価できるが、価値について評価をすることはできない。
 再生産労働は女性が担う「無償労働」の延長として低賃金にされてきたことを想起すれば分かることだ。労働の価値を貶めることは、私たちの生活と権利を貶めることである。
 労働者が豊かに暮らせる条件は障害者にとっても豊かに暮らせる条件の底上げにつながるものである。障害者の生活保障のみが発展・進歩して、労働者の生活保障は発展・進歩しないということにはならない。障害者の要求闘争によって発展・進歩した契機は、労働者の要求闘争の発展・進歩に影響を及ぼす。相互に補い合うものであり、相互に契機を生かすという関係に捉えなおさなければならない。

「豊かに暮らせる条件」とは何か。
「介護時間の保障」及び「労働時間の短縮」と「賃金を上げること」である。
障害者=介護時間の保障
労働者=労働時間の短縮と賃金を上げること


参考文献
岡田健司
第一課
(※1)報告発表 ”親元から地域にでて生活をはじめた内容をまとまって書いたもの” (2007.11.17)
(※2)報告発表 “自己紹介、障害者制度・政策の問題点、未来社会像を発表したスライド” (2017.2.12)
第二課
(※3)報告発表 「障害者自立支援法、何が問題か」(2005.7.2)
(※4)報告発表 「払いきれない負担」(2006.10.1)
(※5)報告発表 「応益負担」について(2007.2.10)
(※6)報告発表 「障害者自立支援法と、介助の関係」(2007.2.13)
(※7)報告発表 「問題もある、がその先もある」 (2007.11.22)
第三課
(※8)報告発表 「南区制50周年記念シンポジウム」 (2005.10.24)
(※9)広報宣伝 「ピア・カウンセリングの目的と意義、講座の開催にあたって(2017.9.11)
(※10)重度訪問介護従事者養成研修のテキスト「ごあいさつとテキストの配布(初版)について」(2016.11.22)

(※11)寄稿 「アシスタント(介助者)の心得について」(2015.5~2016.2)
第四課
(※12)報告発表 「重度身体障害者の権利保障と生活保障-それらを考えればこの先はみえてくる」
(2017.6.4)
(※13)社会資源の改善開発を実践し入所を選ばないプロジェクト「趣旨文」(2017.10.12)
(※14)報告発表 「日本の自立生活センターがおこなう介助派遣事業への問題提起」(2018.3.27)
(※15)報告発表 「当事者主権(主体)-障害福祉の相談支援」(2018.11.26)
(※16)報告発表 「日本のILセンター、PA制度との距離 - 障害当事者運動の地域生活モデルの到達点」(2019.9)

ケア・コレクティヴ / 岡野 八代、冨岡薫、武田宏子(翻訳)
ケア宣言(2021.7.21)
坂木雅彦
サービスと生産的労働の理論(中)(立命館国際研究 19-1 June 2006)
井口克郎
介護労働者の低賃金構造の理論的考察/介護・サービス労働の特性と社会保障制度(人間社会環境研究 第24号 2012.9)
伊田久美子
再生産労働概念の再検討:構造調整プログラムを中心に (女性学研究 第19号 2012.3)
不破哲三
古典教室 第1巻 第一課マルクス『賃金、価格および利潤』 第二課マルクス『経済学批判・序言』(新日本出版社 2013.9.5)
カール・マルクス
経済学批判・序言(1859)