福祉広場だより 寄稿文2007年5月29日

岡田健司


  ココロとカラダが一つになっていく実感をこの頃感じます。朝起きて天気が良いときは晴れやかにやる気がモリモリ、雨の日はシットリと静かに物事を見渡します。映画を意欲的に見て感動して泣いたり、おもしろくない!と言ってみたり。落語の寄席に出向いて声を出して大笑いしたり、自分の近況を語る中にも冷静で沈着な分析が滲んでいるように思います

  私が「何なんだろう、このいったい全体掴みようのない感情は?」と思い始めたのが1月。人と話すのが億劫で、自分のやることに自信がもてないし、やる気も起きない。それでも、自信のないチカラが放つ言葉は至極まっとうなことばかりで、しゃべればしゃべるほど自己嫌悪な毎日でした。最近もどりてぇ〜といって過去に戻り、過去の未来を変える青年のオハナシがテレビで放送されています。そんなことできる訳ないじゃん!とか、人生には“もし”はないよねぇ〜とか、そう思う人ほどハレルヤチャンス。このドラマを見ると尚グッと心に染みるのではないでしょうか

  解決できない問題や達成できない課題をしゃにむに努力したりあきらめたりしながら、さりとて消化不良に人生は継続していることがあります。ヒトは人生を継続するためにまた一歩をふみだすけれど、消化不良のまま置いてきたココロの欠片は、同じような状況に出くわすと戸惑い、困惑し、畏怖さえ覚えます。だから一歩を踏み出すことはすごく勇気のいることで、できれば同じような状況に合いたくないとも思います

  それでも、たくさんの回り道も好きなだけ寄り道をして歩む人生も素敵だと思うし、それと同じように、消化不良のまま置いてきたココロの欠片を見つめて消化良好の錠剤として常備するのも良いと思います。どちらの人生にも用意されているのは過去の未来にはなかったまだ見ぬ人生ですもの。いまの私は過去に戻りたいと思う出来事が見つかったような気がしています。そして過去に戻りたいと思う気持ちは今を生きようと思うココロの叫びのような気さえします。



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